今年の4月、イギリスの『ガーディアン』紙に、向こうでもNetflixで放送している日本のテレビ番組『はじめてのおつかい』を紹介する記事が載りました。記事のタイトルは次のようになっています。
Old Enough: the Japanese TV show that abandons toddlers on public transport
英語版『はじめてのおつかい』は Old Enough という題で放送されています。 oldは年齢を表し、 “old enough” は “She is old enough to vote.” (彼女は投票できる年齢だ)のように、ふつうto不定詞をともなって「~することができる(するにふさわしい)年齢だ」という表現に使います。
他動詞 abandon は「~を捨てる」ですが、 “abandon A on B” で「A(人)をB(場所)に置き去りにする」という意味が生じます。 toddler は「よちよち歩きの子ども」で、2~4歳ぐらいの幼児を指します。つまりこの記事は『はじめてのおつかい』は「幼児を公共交通機関に置き去りにする番組」だと評しているのです。
タイトルだけ見るとけっこう辛辣ですが、この記事は『はじめてのおつかい』をどうとらえてるんでしょうか。少し読んでみましょう。
番組の趣旨やNetflixのかなり“推し”気味な扱いなどについて概説した後、筆者は次のように述べます。
It is a resoundingly sweet show. For the most part, you can’t help but root for the children.
この resoundingly は「まぎれもなく」といった意味で、 sweet は「心地よい」です。 “can’t help but+動詞原形” は「~せずにいられない」で、 “root for ~” は「~を応援する」です。著者は、これは全体としてみれば気持ちのよい番組で、子どもたちを応援せずにいられなくなる、と評価しているのです。続いてある女の子の次のようなエピソードが紹介されます。
Later on in the series, we see a young girl attempt an errand, only to rush back to her mother in tears after getting lost before overcoming her nerves and setting out again.
“only to ~” は「結果として~した」で、 “rush back” は「急いで戻る」、 “in tears” は「泣きながら」です。お使いに出たこの子は、道に迷ってしまい、泣きながらお母さんの所へ駆け戻ったのです。後半の “before doing” は「その後~した」ということ、 “overcome one’s nerves” は「ビクビクする気持ちを克服する」です。彼女は最初の失敗にくじけずもう一度出発し、お使いを完遂したのでしょう。
著者はこのように感想を述べています。
It is an absolute rollercoaster of emotions that leaves you in tatters, and you suspect this is why it has such a dedicated following in Japan.
この absolute は名詞を強める略式の用法で「とてつもない」ぐらいの意味です。 rollercoaster はジェットコースターのことで、激しい浮き沈みを表します。 “in tatters” はふつう「ぼろぼろの服を着ている」ことなのですが、比喩的に使われますから、ここでは「めちゃめちゃになる」という感じでしょう。心配したり喜んだり感動したりの激しい起伏により、気持ちがめちゃめちゃになるということです。著者は、これこそが日本におけるこの番組の “dedicated following” 、つまり「熱烈な支持」の理由なのだろうと推測しています。
末尾で著者は、この番組は非常に「日本的」だとして次のように記します。
Japanese words continually pop up onscreen in cartoonish font, and each onscreen action is accompanied by what sounds like canned laughter or applause, which can be off-putting.
“cartoonish font” は「漫画のような文字」だと思って下さい。 “canned laughter or applause” の canned は「缶詰の」ですが、そこから転じて「あらかじめ用意された、出来合いの」という意味に使われるので、これは制作側が用意した笑いや拍手のことです。つまり著者が「日本的」と評しているのは、漫画のような字体のテロップがしょっちゅう画面上に出てきたり、子どもが何かするたびにエキストラの笑い声や拍手が入ったりすることなのです。著者は、これは off-putting 、つまり「不快感をまねく」かもしれないと指摘しています。
イギリスでは、子どもをきちんと監督するよう親に求め、子どもだけで行動することを日本よりも否定的にとらえる傾向があります。NSPCC(全英児童虐待防止協会)は、12歳未満の子どもは長時間1人で家に残すべきでないとした上で、 “babies, toddlers and very young children should never be left alone” 、つまり乳幼児や幼い子どもはけっして1人で放っておいてはいけないと警鐘を鳴らしています。
こういうイギリス人気質からすると、もちろん番組の安全対策は理解されているとはいえ、もう少し反発を招くかと思ったのですが、案外好意的な評価ですね。最も苦言を呈されてるのがテロップやエキストラの笑いなんですから。
じっさい、著者は英国版『はじめてのおつかい』が制作されるのをひそかに心待ちにしているのかもしれません。 “A British remake is apparently in the works.” というコメントで記事を締めくくっていますから( “in the works” は「制作中」です)。
(N. Hishida)
【引用文献】
“Old Enough: the Japanese TV show that abandons toddlers on public transport.” The Guardian, 2022.04.07.
“The law on leaving your child on their own.” GOV.UK. URL: https://www.gov.uk/law-on-leaving-your-child-home-alone, Accessed 2022.07.29.