えいごコラムR (14) あげる/もらう/くれる

日本語教師をしている友人が、日本語学習者にとって「あげる」と「くれる」の使い方を習得するのは難しいようだ、と言っていました。「友だちが誕生日プレゼントをくれた」と言おうとして「友だちが誕生日プレゼントをあげた」と言ってしまったりするのだそうです。

とくに興味深かったのは、英語には「あげる」と「もらう」に相当する表現はあるが、「くれる」はないのではないか、と彼女が指摘していたことでした。

英語の動詞表現の多くは「give 系」と「get 系」に分類できるという説があり、それに関する本も出ています(下記「参考文献」参照)。たとえば「トムにプレゼントをあげた」なら “I gave Tom a present.” ですから、「あげる」は give 系の動詞ということになります。「トムから手紙をもらった」は “I got a letter from Tom.” なので「もらう」は get 系と考えられます。

ところが「トムが手紙をくれた」は “Tom gave me a letter.” と “I got a letter from Tom.” のどちらでも置きかえることができます。 give を使う方が直訳に近いですが、 get も不自然ではありません。「くれる」は give と get どちらの意味にも用いる表現なのです。

では「くれる」は「あげる」や「もらう」と交換可能なのでしょうか。

「私はアンおばさんにプレゼントをあげた」は “I gave Aunt Anne a present.” です。「アンおばさんが(私の)娘にプレゼントをくれた」なら “Aunt Anne gave my daughter a present.” で、英語ではどちらも give を使って表現します。しかし日本語ではこの「あげる」と「くれる」を入れ替えることはできません。「アンおばさんが(私の)娘にプレゼントをあげた」と言ってしまうと、どこか他人事のような雰囲気になるのがおわかりでしょう。

「くれる」と「もらう」は、基本的には、「A give B」という関係が成立するときAを主語にするかBを主語にするかの違いです。しかしこの主語の置き方が微妙なニュアンスの差を生みます。 “My brother helped me with homework.” は、「兄が宿題を手伝ってくれた」とも「兄に宿題を手伝ってもらった」とも訳せます。「手伝ってくれた」は兄の立場に視点を置いた発話なので、兄に対する気づかい、あるいは距離が意識されます。「手伝ってもらった」の方がより遠慮がないというか、兄を「身内」として見ている気がするのです。

この「身内」意識が「くれる」という表現の根幹に関わっているように思います。「くれる」は「A give B」の関係においてAを主語とする表現ですが、誰でも主語にできるわけではありません。「おばさんが私にマフラーをくれた」とは言えますが、「私はおばさんにマフラーをくれた」とは言えません。

Aが目上の場合に使うのかとも思いますが、たとえば家族内で父親がケンという息子に何か買ってやった場合、母親の立場から「お父さんはケンちゃんに自転車を買ってくれた」と述べるとどこか妙です。父親を家族の輪の外に押し出しているような感じがするのです。この場合は「自転車を買ってあげた」の方が自然でしょう。

おばさんが「マフラーをくれた」は自然なのに、お父さんが「自転車を買ってくれた」には違和感が生ずることがある???ここに「くれる」の本質が示されていると思います。これは give や get のように個人の間のものやサービスのやり取りを表すだけでなく、コミュニティの境界がどこにあるかを示す機能をもつ表現なのです。

コミュニティの境界を越えて外部から内部へ give の行為が生ずるときは「くれる」が使われ、逆方向なら「あげる」が使われます。「あげる」はコミュニティ内部での give 行為にも使うことができます。「もらう」は広く get 行為を表しますが、もらった相手に対する距離の近さを含意することが多いように思います。

水谷信子は『英語の生態』で、日本人は家の「内」と「外」における言葉づかいの差が大きく、家族の間でしか使わない挨拶もあると指摘しています(pp.89-91)。「あげる/もらう/くれる」の使い分けは、まさにそれと同様に、自分の属しているコミュニティの「内」と「外」を発話者がどう意識しているかを浮かび上がらせるものなんですね。

海外から来て日本語を学んでいる人たちが「くれる」の使い方に苦労するのは無理ないですよねー。というか私だって、日本語話者じゃなかったら、こんな表現を勉強して使いこなせるようになるかどうか???。

なお、今回は上述の友人にいろいろアドバイスをいただき、この原稿も添削してもらう(← 遠慮のなさ?)など、たいへんお世話になりました。ここに謝意を表します。

(N. Hishida)

 

【参考文献】

松本道弘『 Get と Give だけで英語は通じる』講談社(講談社+α文庫),2002.

水谷信子『英語の生態:話しことばとしての英語を考える』ジャパンタイムズ,1972.